今回は人権の私人間効力について解説します。
行政書士試験でよく出題されるのですが、人権の私人間効力の問題は、民法の勉強をしてからでないと少し理解するのが難しいかもしれませんので、今はそれほど深く理解できなくても大丈夫です。
まずは、大まかな内容を理解するようにしましょう。
目次
私人間効力の問題
伝統的に憲法の基本的人権の規定は、公権力との関係で国民の権利・自由を保障するものであると考えられてきました。
特に、自由権は「国家からの自由」とも言われ、国家に対する防御権であると解されてきました。
ところが、資本主義の高度化に伴って、社会の中に、大企業、マスメディア、労働組合などの巨大な力を持った国家類似の私的団体が数多く生まれ、一般国民の人権が脅かされるという事態が生じてきました。
そこで、本来公権力との関係で国民の権利・自由を保護するものとして捉えられてきた人権を、私的な社会的権力による人権侵害との関係でも、主張できないかが問題とされるようになってきました。
私人間効力の2つの考え方(直接適用説と間接適用説)
憲法の人権規定が私人間にも適用されるか、という問題に関していくつかの学説があります。
まず、分かりやすい考え方として、憲法の人権規定を私人間でも直接適用するという考え方があります(直接適用説)。
憲法19条(思想・良心の自由)や憲法14条(法の下の平等)などを一般国民と私的団体である会社などとの関係でも直接適用するという考え方です。
直接適用説は分かりやすいのですが、問題があります。
それは、私人間において憲法の人権規定の直接適用を認めると、市民社会の原則である私的自治の原則が害されてしまうことです。
私的自治の原則というのは、民法で勉強するのですが、簡単に言うと、私人間の間では、個人が自由な意思に基づいて自由な内容の契約をすることができるということです。
自由に契約できるはずの私人間に、憲法の人権規定を直接適用してしまうと、この私的自治の大原則が害されてしまいます。
そこで、その問題をうまく回避するために間接適用説というのが主張されており、それが判例・通説となっています(三菱樹脂事件)。
間接適用説は、直接的な私法的効力を持つ人権規定(15条4項後段、18条、27条3項、28条)を除き、その他の人権については、私法の一般条項(民法90条等)に、憲法の趣旨を取り込んで解釈・適用することによって、間接的に私人間の行為を規律すべきであるという考え方です。
例えば、ある企業が定年年齢を男子60歳、女子55歳と定めていたとします。
このような就業規則は、専ら女子であることのみを理由として差別している事になりますので、憲法14条の趣旨を民法90条(公序良俗)に取り込んで、就業規則を民法90条によって無効とするのです。
これが間接適用説です。
ちなみに、直接適用説だと、憲法14条を直接的用して、憲法14条により就業規則を無効とすることになります。
私人間効力の重要判例
私人間効力に関していくつか重要な判例があるので紹介します。
三菱樹脂事件(最大判昭48.12.12)
事案
大学卒業後、三菱樹脂株式会社に採用された者が、在学中の学生運動歴について入社試験の際に虚偽の申告をしたという理由で、試用期間終了時に本採用を拒否された。そこで、特定の思想を有することを理由に本採用を拒否することが憲法に違反しないかが争われた。
結論
違反しない。
判旨
憲法の自由権的基本権の保障規定は、専ら国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。私人間の関係においては、各人の有する自由と平等の権利自体が具体的場合に相互に矛盾、対立する可能性があり、このような場合におけるその対立の調整は、原則として私的自治に委ねられ、ただ、一方の他方に対する侵害の態様、程度が社会的に許容しうる一定の限界を超える場合にのみ、法がこれに介入しその間の調整を図るという建前がとられている。
個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、90条、不法行為に関する諸規定等の適切な運用によって、一面で私的自治の原則を弊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのである。
憲法は、思想、信条の自由や法の下の平等と同時に、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇用するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、原則として自由にこれを決定することができる。
企業者が、労働者の採否決定に当たり、労働者の思想・信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも違法ではない。
企業者が特定の思想・信条を有する者をそれを理由として雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法としたり、直ちに民法上の不法行為とすることはできない。
昭和女子大事件(最判昭49.7.19)
事案
無届で法案反対の署名活動を行ったり、許可を得ないで学外の政治団体に加入したりした行為が、学則の具体的な細則である生活要録の規定に違反するとして、学生が退学処分を受けた。そこで、この学生が、退学処分が憲法19条、21条に違反することを理由に学生たる地位の確認を求めて争った。
結論
退学処分は憲法19条、21条に反しない。
判旨
いわゆる自由権的基本権の保障規定は、専ら国または公共団体と個人との関係を規律するものである。したがって、その趣旨に徴すれば、私立学校の学則の細則としての性質をもつ生活要録の規定について直接憲法の右基本権保障に違反するかどうかを論ずる余地はないものというべきである。
本件大学の要録の規定は、政治的目的をもつ署名運動に学生が参加し又は政治的活動を目的とする学外の団体に学生が加入するのを放任しておくのは教育上好ましくないとする同大学の教育方針に基づき、このような学生の行動について規制しようとする趣旨を含むものと解されるのであって、かかる規制自体を不合理なものと断定することができない。
日産自動車事件(最判昭和56.3.24)
事案
企業における定年年齢を男子60歳、女子55歳とした男女別定年制が、法の下の平等(14条)に反しないかが争われた。
結論
法の下の平等(14条)に反する。
判旨
就業規則中、女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法90条の規定により無効である。
3つの判例の比較
3つの判例とも、私人間には憲法の人権規定が直接的用されることはないとしています。
その上で、三菱樹脂事件では、会社の経済活動の自由を重視し、昭和女子大事件では、大学の建学の精神に基づく独自の教育方針を重視し、いずれも憲法に反しないとしています。
確かに、会社や大学には独自の文化があり、思想や信条の合わない者を入社させたり、入学させないということも大事なので、一定の範囲で、その自由を認めることは大事ですよね。
三菱樹脂事件と昭和女子大事件では、判例は私的自治の原則を重視したと言えます。
ちなみに、大学が私立大学ではなく、国公立大学の場合には、対国家権力の関係になりますので、私人間効力の問題は生ぜず、直接憲法を適用することができます。
他方で、日産自動車事件に関しては、専ら女子という性別だけを理由に不合理な差別をしていることを理由に、社会的に許容される範囲を超えていると考え、憲法14条の法の下の平等の趣旨を民法90条に取り込んで、民法90条により就業規則を無効としています。
確かに、定年年齢を何歳にするかというのは、企業の自由なのですが、憲法の法の下の平等の精神(14条)からすれば、専ら性別のみを理由として差別することは許されるべきではありません。
そのような差別は、社会的に許容しうる一定の限界を超えるものといえるので、判例は、憲法14条の趣旨を民法90条に取り込んで、民法90条により就業規則を無効としたのです。
間接適用説の問題点
上記の3つの判例を見ればわかるように、間接適用説をとったとしても、憲法の人権規定の間接的適用の仕方には幅があります。
人権を無条件に遵守するとすれば、直接適用説とあまり変わらないことになりますし、人身売買のような私人の極端な人権侵害のみを公序良俗違反として効力を否認するのであれば、憲法の人権規定は私人間に適用されないとする無効力説と同じことになります。
そこで、一方の他方に対する侵害の態様、程度が社会的に許容しうる一定の限界を超えるのかどうかを緻密に利益衡量する必要があります。
最後に
まだ、民法の私的自治の原則を解説していませんし、公法と私法の違いもよく分からないと思いますので、私人間効力の問題を深く理解するのは難しいと思います。
今回解説したことの大まかな流れと、重要判例の事案と結論をとりあえず分かっていただければ、今は十分です。