今回は、基本的人権の限界ついて解説します。
憲法の中でも難しいテーマの1つですが、内容として重要ですし、行政書士試験でもよく出題されるテーマですので、しっかりと勉強していきましょう。
基本的人権の限界
日本国憲法は、人間が生まれながらにして有すると考えられる基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」(11条)、つまり、法律によっても、さらに憲法改正によっても、侵してはならない権利として、絶対的に保障する考え方をとっている。
しかし、それは人権が無制限に保障されるという意味ではありません。
特に、ある人の人権を保障することが他の人の人権を侵害する場合があります。
例えば、ある作家が誰かをモデルにした小説を書こうとした場合、作家の表現の自由を無制限に保障すると、モデルにされた人のプライバシー権が侵害されてしまいます。
人権も無制限に保障されるわけではなく、一定の限界があり、制約される場合があるのです。
これを基本的人権の限界と言います。
公共の福祉による人権制限
憲法は人権を「公共の福祉に反しない限り」(13条後段)認めることとして、ある人の行為が他人の人権を侵害する場合には、その行為は制限されることを認めています。
このように、ある人の人権と他の人の人権が衝突した場合に、これを調整するために、一方の人権を制限することを公共の福祉による人権制限と呼びます。
特別な法律関係における人権の限界
公権力と特殊な関係にある者については、一般国民には無い特別な人権制限が許されると考えられています。
例えば、公務員、在監者、国公立の大学学生などです。
公務員の人権
公務員の人権については、国家公務員の政治活動の自由の制限と、公務員等の労働基本権の制限が特に問題となります。
それぞれ重要な判例もありますので、1つずつ解説します。
政治活動の自由の制限
公務員も「国民」であるから、政治活動の自由が保障されるのが原則です。
他方で、公務員には行政の職務の中立性が求められます。
例えば、ある公務員が共産党の熱狂的な支持者であったとします。
その公務員に無制限に政治活動の自由を認めると、共産党を支持していない一般国民からすれば、「自分は不利に扱われているのではないか?」という不信感を抱かせてしまい、公務への信頼が失われてしまいます。
このように、公務員の職務の中立性が維持されて、はじめて行政への信頼が生まれる以上、公務員の政治活動の自由を制限する必要があります。
公務員の政治活動の自由の制限に関して、猿払事件(最大判昭49.11.6)と堀越事件という重要な判例があるので紹介します。
猿払事件(最大判昭49.11.6)
事案
北海道の猿払村において、民営化以前の郵便局員Xは、昭和42年の衆議院議員選挙に際して、日本社会党公認候補者の選挙用ポスターを公営掲示板に掲示したり、掲示を依頼して配布したため、国家公務員法102条で禁止する政治的行為にあたるとして罰金5,000円の略式命令を言い渡された。そこで、国家公務員法および人事院規則が憲法21条に反しないかが争われた。
結論
憲法21条に違反するものではなく合憲。
判旨
国家公務員法102条1項および人事院規則によって公務員に禁止されている政治的行為も多かれ少なかれ政治的意見の表明を内包する行為であるから、もしそのような行為が国民一般に対して禁止されるのであれば、憲法違反の問題が生ずることは言うまでもない。
公務員の政治的中立性を損なうおそれのある公務員の政治行為を禁止することは、それが合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところである。
公務員の政治的行為を禁止することができるかの判断に当たっては、禁止の目的、禁止の目的と禁止される政治的行為との関連性、政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の3点から検討することが必要である。
堀越事件(最判平24.12.7)
事案
当時の社会保険庁に年金審査官として勤務していた国家公務員が、日本共産党を支持する目的で政党機関誌(しんぶん赤旗)の号外等を配布した行為が、国家公務員法110条1項19号、102条1項、人事院規則14−7に違反するとして起訴された。そこで、国家公務員法及び人事院規則の罰則規制の合憲性が争われた。
結論
国家公務員法及び人事院規則は合憲だが、本件配布行為は当該罰則規定の構成要件に該当せず無罪。
判旨
国家公務員法102条1項にいう「政治的行為」とは、公務員の職務遂行の政治的中立性を損なうおそれが観念的なものにとどまらず、現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指す。
本件配布行為は、管理職的地位になく、その職務の内容や権限に裁量の余地のない公務員によって、職務と全く無関係に、公務員により組織される団体の活動としての性格もなく行われたものであり、公務員による行為と認識し得る態様で行われたものでもないから、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものとはいえず、本件配布行為は当該罰則規定の構成要件に該当しない。
労働基本権の制限
公務員も「国民」であるから、労働基本権が保障されるのが原則です。
他方で、公務員の職務は公共性を有することから、その職務が停滞すると国民生活に重大な影響が生じます。
そこで、公務員の労働基本権を制限する必要があります。
注意して欲しいのは、先ほどの公務員の政治活動の自由を制限する必要性は「公務員の職務の中立性」でしたが、公務員の労働基本権を制限する必要性は「公務員の職務の公共性」だということです。
公務員の労働基本権の制限に関しては、いくつか重要な判例があるのですが、その中で最も重要な判例である全農林警職法事件(最大判昭48.4.25)を紹介します。
全農林警職法事件(最大判昭48.4.25)
事案
全農林労組の幹部は、農林省職員に対して職場大会への参加を慫慂(しょうよう)したところ、国家公務員法98条5項、110条1項17号に反するとして起訴された。そこで、国家公務員法98条5項・110条1項17号の争議行為の禁止および争議行為のあおり行為等への刑事制裁は、公務員の労働基本権を侵害し、違憲かが争われた。
結論
一律かつ全面的な国家公務員法の争議行為の禁止規定を合憲とした。
判旨
公務員の地位の特殊性と職務の公共性にかんがみるときは、これを根拠として公務員の労働基本権に対し必要やむをえない限度の制限を加えることは、十分合理的な理由がある。
公務員の場合は、その勤務条件はすべて政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮により適当に決定されなければならず、しかもその決定は、民主国家のルールに従い、立法府において論議のうえなされるべきものである。公務員による争議行為が行われるならば、使用者としての政府によっては解決できない立法問題に逢着(ほうちゃく)せざるをえないこととなり、ひいては民主的に行われるべき公務員の勤務条件決定の手続過程を歪曲することともなって、憲法の基本原則である議会制民主主義(憲法41条、83条等)に背馳(はいち)し、国会の議決権を侵す虞すらなしとしない(財政民主主義論)。
私企業の労働者の過大な要求は市場における企業そのものの存立を危うくし、労働者自身の失業を招くこととなるという市場抑制力が働くが、公務員の場合にはそのような抑制がなく、争議行為に歯止めがかからない(市場抑制力の欠如)。
制約を受ける公務員に対しても、その生存権保障の趣旨から、法は、制約に見合う代償措置として、勤務条件についての周到詳密な規定を設け、さらに、中央人事行政機関として準司法機関的性格をもつ人事院を設けている(代償措置論)。
罰則による制裁については、国公法110条1項17号が、違法な争議行為の原動力を与える者に対し、特に処罰の必要性を認めて罰則を設けることは、十分に合理性がある。
在監者の人権
在監者については、逃亡や証拠隠滅などを防止するために、刑事施設に強制的に収容するという身体の拘束が認められています。
在監者の人権は、在監目的を達成するために特別に制限することは許されますが、その制限は必要最小限度でなければなりません。
在監者の人権制限については重要な判例を2つ紹介します。
在監者の喫煙の自由
事案
在監者に対して喫煙を禁止していた旧監獄法施行規則が憲法13条に違反しないかが争われた。
結論
合憲
判旨
喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一つに含まれるとしても、あらゆる時・所において保障されなければならないものではない。
在監者の喫煙を禁止することは、必要かつ合理的な規制である。
よど号ハイジャック記事抹消事件
事案
在監者が新聞を定期購読していたところ、拘置所長がよど号ハイジャック事件に関する新聞記事を全面的に抹消した。そこで、その抹消処分が在監者の新聞閲読の自由を侵害して違憲ではないかが争われた。
結論
合憲
判旨
新聞紙・図書等の閲読の自由が憲法上保障されるべきことは、思想及び良心の自由の不可侵を定めた憲法19条の規定や、表現の自由を保障した憲法21条の規定の趣旨・目的から、派生原理として当然に導かれる。
在監者の閲読の自由に対する制限が許されるためには、当該閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序が害される一般的・抽象的なおそれがあるだけでは足りず、その閲読を許すことにより、監獄内の規律及び秩序の維持条放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要である。
2つの判例の比較
判例を読むときには、以下の2段階に分けて考えると、理解しやすいです。
- そもそもその権利が憲法上保障されるのか?
- 保障されるとしてどの程度の制約が許されるのか?
喫煙の自由の方では、「喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一つに含まれるとしても」と述べており、はっきり保障されるとは言い切っていません。
他方で、新聞の閲読の自由に関しては、「19条や21条の派生原理として当然に導かれる」として憲法上明確に保障されると述べています。
これは、喫煙の自由よりも新聞を閲読する自由の方がより重要な権利だからです。
次に、どの程度の制約が許されるのかです。
喫煙の自由に関しては、「あらゆる時・所において保障されなければならないものではない」として、簡単にあっさりと喫煙の自由に対する制限を認めています。
他方で、新聞の閲読の自由に関しては、「当該閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序が害される一般的・抽象的なおそれがあるだけでは足りず、その閲読を許すことにより、監獄内の規律及び秩序の維持条放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要」とし、かなり厳格に制限される範囲を限定しています。
これも、喫煙の自由よりも新聞の閲読の自由の方がより重要な権利だからです。
新聞の閲読の自由は、表現の自由の裏返しとも言える権利であり、非常に重要な権利なので、判例はこれだけ厳格な基準を使っているのです。
最後に
今は、憲法の中で最も重要な分野である人権の部分を解説しています。
重要な判例もたくさんありますので、難しく感じると思います。
最初は、何を言っているのかわからない部分も多々あるかと思いますが、憲法を一通り最後まで勉強すれば、全体が繋がって理解できるところが増えてくると思います。
憲法に限らず、法律の勉強では、途中でわからないことがあっても諦めずに最後まで一通りやり切るというのが重要ですので頑張りましょう。